『ミュンヘン』

ミュンヘン スペシャル・エディション [DVD]

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『ターミナル』は衝突の映画であった。あの映画の「待つ」というテーマは、衝突を待つという「膠着」も意味していたのだと思う。(実際、あらゆるところに目に見える形でのボーダーを配置していた。)だから僕は、この『ミュンヘン』で、「あー、ついにその先を見せてくれるのか」と勝手な推測をしていた。そしてそれは完全なる読み違い、勘違いであった。


ミュンヘン』 監督:スティーブン・スピルバーグ 出演:エリック・バナ ダニエル・クレイグ


これは衝突の映画ではない。ここには、何も存在しないのだ。『ターミナル』では、ボーダーという衝突点からそこにある「存在」を確認できた。しかしここには、そんな手応えはない。何も存在しないことの映画、それが『ミュンヘン』である。すべてはマボロシ。それは、エリック・バナが身分を失い「存在しない者」となることから始まる。標的は、情報屋が教えてくれるマボロシ。自らを奮い立たせるための、自らの行動がマボロシでないと信じるための、あの事件ですら、自らが作り出したマボロシ。ひとりずつ消えてゆく、マボロシの仲間たち。(エリック・バナ視点からは、仲間が死ぬ瞬間は見えない。まさに消えてゆくのだ。死んでいないはずのダニエル・クレイグも、マボロシだったかのようにある時から存在を消す。)そして帰るべき“home”も、(それがかつてからあったのかはわからないが)見失った。祖国にも、ベットの上にも“home”はない。マボロシの“home”。そして唯一残った確かなものは、自らが作り出したマボロシだったはずの、あの事件だけ。エリック・バナにとってそれだけが自分がマボロシとして消えてしまわないための“確かなもの”として存在する。なんて残酷で悪趣味な結末なんだろう。


その他あれこれ。

  • つまり、飛行機のシーンと2度目のSEXのシーンが恐ろしく的確にこの映画の意味を伝えているってこと。暴力的に的確過ぎる。
  • 仲間が初めて集まる食事のシーンからオランダ女を殺すあたりまでが、めちゃめちゃ面白い。なんだろう、ぜんぜん違うのに、『ジョジョの奇妙な冒険 Part5 黄金の風』でのボスを裏切ってからの展開と同じような興奮がある。
  • 特に良かったシーン。ハンスの死体を真ん中に3人がベンチに座ってるとこ、オランダ女を殺しに行くときのチャリ姿、爆弾不発でハンスが自ら乗り込んじゃうところ、などなど。